案件の基本情報
- 対象会社
- 東芝(6502)
- 買付者
- TBJH合同会社(日本産業パートナーズを中心とする国内連合)
- 買付価格
- 4,620円(2022年9月の希望価格5,200〜5,500円から、5,200円、4,710円、4,610円を経て10円上積み)
- 公表前株価との関係
- 4,222円(2023年3月22日終値) / 4,577円(2023年8月4日終値) / 3月基準終値比9.43%・3か月平均比4.55%・6か月平均比-1.35% / 8月開始前終値比0.94%
- 買付期間
- 2023年8月8日から2023年9月20日
この案件の結論
東芝の非公開化では、価格の高さよりも、長引く経営混乱を終わらせる実行可能性が重視されました。JIP案が成立したことと、4,620円が最良の価格だったかどうかは分けて考える必要があります。
この記事の要点
- 東芝は12社と秘密保持契約を結びましたが、最終的に法的拘束力と実行可能性を備えた具体案はJIP案だけでした。
- JIPの希望価格は5,200〜5,500円から始まり、業績や資金調達環境を受けて最終4,620円まで下がりました。
- 4,620円の上乗せ幅は、3月の開始予定公表前終値比9.43%、実際の8月開始前終値比0.94%、6か月平均比ではマイナス1.35%です。
- 340,459,163株の応募を集めて所有割合78.65%となり、東芝株は2023年12月20日に上場廃止となりました。
全体像
2023年の東芝TOBは、日本産業パートナーズ(JIP)が主導する企業・金融機関の連合が、最大買付代金ベースで約2兆円とされた条件で東芝を完全に非公開化した買収です。
一般には「JIPによるTOB」と呼ばれますが、法律上の公開買付者は、JIPが買収のために設立したTBJH合同会社でした。TBJHが1株4,620円で東芝株を買い付け、公開買付けで340,459,163株を取得しました。株主名簿閲覧のため事前に保有していた100株を含む買付後所有割合は78.65%です。その後、残る株主の株式も株式併合を使って現金化し、東芝は2023年12月20日に上場廃止となりました。
重要なのは、2023年3月に公表されたのは、条件が整った場合にTOBを行う開始予定だったことです。実際のTOBは各国の競争法・投資規制上の手続きなどを経て、同年8月8日に始まりました。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 公開買付者 | TBJH合同会社。JIP主導の買収目的会社 |
| TOB価格 | 1株4,620円 |
| 公開買付期間 | 2023年8月8日~9月20日、30営業日 |
| 買付予定数 | 最大432,880,086株、上限なし |
| 成立の下限 | 288,731,000株、所有割合66.70%相当 |
| 全対象株取得時の最大買付代金 | 1,999,905,997,320円 |
| 応募・取得株数 | 340,459,163株 |
| 事前保有100株を含む買付後所有割合 | 78.65% |
| 決済開始日 | 2023年9月27日 |
| 上場廃止日 | 2023年12月20日 |
表にある最大買付代金1,999,905,997,320円は、全対象株432,880,086株を買い付けた場合の上限であり、実際に支払った金額ではありません。買付けの条件と上限計算はTBJHによる公開買付け開始のお知らせ、応募結果は公開買付けの結果で確認できます。
下限を3分の2相当に設定したのは、成立後の株主総会で完全非公開化のための株式併合を可決できる水準を確保する設計でした。
1.なぜ東芝は非公開化を必要としたのか
直接の背景には、東芝が長期間にわたり抱えていた経営の不安定さと株主間の対立がありました。2015年の不正会計問題、2017年の米原子力子会社ウェスチングハウスの経営破綻、その後の財務危機を乗り切るための約6,000億円の第三者割当増資を経て、海外のアクティビスト株主が大きな影響力を持つようになりました。経営陣の交代や戦略変更、株主との対立が繰り返され、企業として長期的な方針を定めにくい状態になっていました。こうした経緯はReutersの東芝危機に関する整理にもまとめられています。
東芝自身も、考え方の異なる複数の主要株主が存在し、経営陣の交代や方針変更が続いたことで、顧客や従業員から経営の安定性を懸念されかねないと説明しています。一方、東芝のインフラ、エネルギー、量子、半導体などの事業は、研究開発から事業化まで長い期間が必要です。そこで、四半期業績や株主間の対立に左右されにくい、安定した株主基盤が必要だという論理が非公開化の中心に置かれました。
東芝は2021年から、上場維持、外部資本の受け入れ、会社分割、完全非公開化などを検討していました。いったんは会社を複数に分割する案を選びましたが、2022年3月の臨時株主総会で否決されます。これを受け、2022年4月に特別委員会を設置し、会社全体の買収を含む提案を広く募集する方向へ転換しました。
2.JIPが選ばれるまでの入札過程
東芝は最初からJIPだけと交渉していたわけではありません。2022年春、潜在的な投資家・買収候補12社と秘密保持契約を締結し、同年5月31日に10陣営から一次提案を受けました。このうち8陣営が非公開化、2陣営が上場を維持したままの少数出資を提案していました。
二次入札では、複数陣営に経営陣へのアクセスや財務・法務デューデリジェンスの機会が与えられました。JIPより高い価格を示した案もありましたが、共同投資家が決まっていない、資金調達が固まっていない、法的拘束力がないなど、実行可能性に問題がありました。最終的に、法的拘束力を持つ具体的な提案を提出したのはJIPだけでした。ただし、JIPの案も当初は融資確約が十分でなく、東芝が直ちに受け入れられる完成度ではありませんでした。
候補探索の間口は広かった一方、最終局面では買い手同士の価格競争がなくなっていました。巨額の資金調達や事業環境の悪化も含めて、4,620円が決まるまでの流れを見る必要があります。
提案価格が大きく下がった経緯
JIPの提示価格は、交渉中に次のように変化しました。
- 2022年9月:5,200〜5,500円
- 2022年11月:5,200円
- 2023年2月:4,710円
- 2023年3月3日の最終提案:4,610円
- 最終合意:4,620円
価格推移を一列で示すと、5,200〜5,500円 → 5,200円 → 4,710円 → 4,610円 → 4,620円です。5,200円から5,500円へ値上げしたという意味ではなく、当初の希望価格帯から段階的に下がった後、最後に東芝側の引き上げ要求で10円上がった経緯です。
価格が当初案から大きく下がった主な理由は、東芝の第2・第3四半期業績が計画を下回ったこと、ネット有利子負債の見通しが悪化したこと、東芝が約39.6%を保有していたキオクシアHDの評価額が下がったこと、そして金融機関がシニアローンを2,000億円、劣後ローンを約1,000億円減額したことでした。
巨額案件では、対象会社の事業価値だけでなく、買い手が調達できる融資額や条件も最終価格の上限を左右します。
3.東芝取締役会が当初「応募推奨」をしなかった理由
2023年3月23日、東芝取締役会はJIPの非公開化案自体には賛同しましたが、株主にTOBへの応募を推奨することまではしませんでした。つまり、非公開化の必要性は認めるが、4,620円が株主に十分有利な価格かどうかは留保するという、やや異例の判断でした。
この3月23日の公表は、公開買付けそのものの開始ではありません。国内外の競争法その他の必要手続きが完了することなどを前提とした、TOB開始予定の公表でした。
その後、6月8日に東芝は判断を変更し、応募を推奨しました。理由は、3月の発表後も対抗提案が現れなかったこと、株価が4,620円を下回って推移したこと、顧客・取引先・従業員から安定した経営基盤を期待する反応があったこと、そして現状のまま経営の不安定さが続けば事業計画の達成自体が難しくなると判断したことです。
各国の競争法・投資規制上の承認と融資証明がそろい、東芝は2023年8月7日の意見表明で改めて賛同・応募推奨を示しました。実際のTOBは翌8月8日に始まり、9月20日まで行われました。
4.4,620円は高かったのか、安かったのか
価格評価は、この取引で最も議論のある部分です。基準日を混同するとプレミアムの見え方が変わるため、3月の開始予定公表前と8月の実開始前を分けて見る必要があります。
4,620円は、3月の開始予定公表前営業日である2023年3月22日終値4,222円に対して9.43%、直近1か月平均に対して9.97%、3か月平均に対して4.55%のプレミアムでした。しかし、6か月平均に対しては1.35%のディスカウント、すなわち-1.35%でした。
一方、実際のTOB開始公表前営業日である2023年8月4日終値4,577円に対する上乗せは0.94%です。0.94%だけを見れば極めて薄く見えますが、8月時点の株価には3月に公表された非公開化への期待がすでに織り込まれていました。
それでも、3月基準の9.43%や3か月平均比4.55%も、通常の非公開化TOBと比べて表面的なプレミアムが大きいとはいえません。もっとも、東芝株には2021年以降、非公開化への期待がすでに織り込まれており、その期待が生じる前の2021年4月6日の終値3,830円と比べると20.63%のプレミアムでした。
算定レンジとフェアネス・オピニオン
野村證券の算定は、市場株価平均法4,200~4,683円、類似会社比較法1,967~5,564円、DCF法4,171~7,000円でした。UBS証券は、基準日に応じた市場株価平均法3,195~3,878円または4,200~4,683円、類似企業比較法3,231~7,133円、DCF法4,661~7,333円としています。
4,620円は野村DCFの範囲内ですが、UBSのDCF下限4,661円を41円下回ります。算定レンジが極めて広いのは、事業計画、複合事業の評価、キオクシア価値などの不確実性が大きかったことを示します。
一方で、DCFは将来の利益計画をどの程度実現できるかによって大きく変わります。東芝取締役会は、自社が過去に業績見通しを達成できなかった例が多いことや、2024~2025年度に想定する大幅な利益改善の実現難度を考慮し、DCFの高い評価額をそのまま重視するのは適切でないと判断しました。
東芝は独立社外取締役で構成する特別委員会を設けました。取締役会・委員会と執行部は別々の法務・財務助言を受け、答申も複数回更新しています。ただし、算定機関からフェアネス・オピニオンは取得していません。慎重な手続を重ねたことと、価格への独立した公正性意見がなかったことは、どちらも押さえておきたい点です。
公表資料から整理すると、4,620円は「明らかな高値」ではありません。むしろ、理論的な上昇余地をすべて株主に還元した価格ではないものの、他に資金調達済みの対抗案がなく、現実に実行できる唯一の価格だった、という性格が強いと考えられます。
5.約2兆円をどう調達したのか
資金調達は、JIPが全額を自己資金で支払ったわけではなく、出資と融資を組み合わせたLBO型でした。公開買付届出書に示された資金枠は次のとおりです。
| 資金の種類 | 金額 |
|---|---|
| JIP主導の国内ファンド等による普通株出資 | 3,900億円 |
| 関連ファンドによる普通株出資 | 1,300億円 |
| 国内事業会社による優先株出資 | 2,000億円 |
| メザニンローン・劣後債 | 2,355億円 |
| 国内金融機関によるシニアローン | 1兆2,000億円 |
シニアローンは三井住友銀行、みずほ銀行、三井住友信託銀行、三菱UFJ銀行、あおぞら銀行が提供し、期間は最長7年、金利は円TIBOR連動の変動金利、担保には東芝株式等が設定されました。1兆2,000億円の融資枠には、TOB代金だけでなく、完全非公開化後に東芝グループの既存借入金を返済する資金も含まれているため、すべてが株式購入代金に使われたわけではありません。
また「国内連合」と呼ばれましたが、厳密には100%国内資本ではありません。1,300億円を出資する関連ファンドには、JIPに協調する海外ファンド、海外投資家、海外事業会社なども参加していました。買収後の親会社では、JIPが管理する国内中心のファンドが議決権の約75%、関連ファンドが約25%を持つ構造でした。
この資金構造の利点は、少ない自己資本で大型買収を実行できることです。ただし、買収後の東芝には、借入金の返済、金利負担、財務制限条項への対応を可能にするだけの安定したキャッシュフローが求められます。東芝自身も、財務制限条項への抵触が事業に悪影響を及ぼす可能性や、出資者に多数の取引先が含まれることで交渉力・意思決定に影響が出る可能性を、取引のデメリットとして認識していました。
6.TOB成立後、なぜさらに株式併合が必要だったのか
TOBでは340,459,163株を取得し、事前保有100株を含む所有割合は78.65%となりましたが、90%には届きませんでした。90%以上を持てば、会社法上の「特別支配株主」として残りの株式を直接取得する方法を使えますが、本件ではその条件を満たしませんでした。そこで、臨時株主総会の特別決議による93,000,000株を1株にする株式併合が選ばれました。
この比率で併合すると、TBJH以外の株主が持つ株式は1株未満の端数になります。その端数を法定手続で処分し、旧株1株当たり4,620円に相当する現金を交付することで、最終的にTBJHだけを株主としました。これは最初から予定されていた「二段階買収」の第2段階です。
2023年11月22日の臨時株主総会で株式併合が承認されました。東芝は11月22日の承認決議のお知らせを公表し、さらに12月19日に上場廃止を公表、実際の上場廃止日は12月20日、株式併合の効力発生日は12月22日となりました。上場廃止の日程は12月19日付の会社発表で確認できます。
TOBに応募しなかった株主への端数株処分代金は、2024年4月11日に交付されました。
7.JIPは東芝をどう変えようとしていたのか
公表時点のJIPの説明では、東芝の事業を直ちに大幅転換したり、単純に分割売却したりするよりも、すでに掲げている戦略を確実に実行できる組織へ変えることが重視されていました。具体的には、子会社・事業組織の再編、部門横断チームの強化、事業単位ごとの収益責任と権限の明確化、成果に連動する人事・報酬制度などです。
JIP側の論理は、東芝には技術、顧客基盤、人材、インフラ事業など十分な資産があるが、複雑な組織構造や不安定なガバナンスのため、その潜在力を利益に結び付けられていない、というものでした。上場を廃止して株主の意思を一本化し、短期的な市場評価から距離を置いて改革を進めることが、買収の基本的な投資仮説でした。
このTOBの本質
この取引は、単なる「日本資本による東芝の買い戻し」ではありません。実質的には、次の交換でした。
東芝が得たものは、株主間対立の解消、経営方針の一本化、長期的な再編を進めるための非公開環境です。
東芝が負ったものは、大規模なLBO融資への対応、出資者・金融機関との調整、上場企業としての市場規律や株価による評価を失うことです。
したがって、成否はTOBが成立したこと自体ではなく、非公開化後の収益改善によって借入負担を吸収し、東芝の技術・事業基盤を持続的なキャッシュフローに変えられるかで決まります。2023年のTOBは、長年の経営混乱を終わらせる「解決」だった一方、事業再生という次の段階の出発点でもありました。
関連ページ
一次情報リンク
- 株式会社東芝(証券コード:6502)に対する公開買付けの開始に関するお知らせ (TBJH合同会社)
- TBJH合同会社による当社株式に対する公開買付けの開始に係る意見表明に関するお知らせ (株式会社東芝)
- TBJH合同会社による当社株式に対する公開買付けの結果並びに親会社及び主要株主である筆頭株主の異動に関するお知らせ (株式会社東芝・TBJH合同会社)
- 株式併合並びに単元株式数の定めの廃止及び定款の一部変更の承認決議に関するお知らせ (株式会社東芝)
- 当社株式の上場廃止に関するお知らせ (株式会社東芝)
案件解説
東芝TOBと上場廃止を解説|JIPの最大買付代金約2兆円と価格論点
東芝はなぜJIP陣営の4,620円TOBを受け入れ、上場廃止を選んだのか。入札の経緯、約2兆円という数字の意味、価格の妥当性を解説します。
案件公表日: / 公開日: / 更新日: